<「宮部金吾記念館」の門前で見かけた木の実、はて何の木なんだろう…」
今更ながらですが、公園とは…、公園法に基づく、公衆の遊楽・憩(いこ)いのため国や公共団体が設立・管理する一定の公開区域云々とありますが…。ここではむしろ市民的な感覚に基づく、公共の広場として取り上げます。なので、厳密には公園とは呼べない広場も含めますので、ご了解ください。
今回取り上げる「北大植物園」は、札幌の中心部にありながら、広大な敷地を持ち、原始の姿を、今に伝える貴重な場所です。札幌駅から徒歩10分、北海道庁から1ブロックしか離れていません。面積は13.3ha(東京ドーム4.7ha)、園内には北海道の自生植物を中心に約4000種の植物が育成されています。
植物園の歴史は古く、明治9年に設立された、北大の前進「札幌農学校」の教頭であった、クラーク博士が、北海道開拓使の認可のもと、作ったのが始まりと言われています。
入園料420円を払って、正面ゲートをくぐり、道順番号に従い左に進むと、道端に、大きなフキがあります。正面奥は、北方民族資料館。
さらに奥に進むと、樹齢数百年と言われるイチョウの古木があります。
葉の直系1mを超えるフキが道端に群生しています。
北大植物園の初代園長の宮部金吾博士記念館の前庭には、初めて見る奇麗な花々が咲き乱れていました。花名を示す表示板がないので…わからん(自称花音痴・笑)。
<宮部金吾博士1860-1951>
明治10年札幌農学校二期生として、内村鑑三、新渡戸稲造、南鷹次郎、町村金彌らと業を卒えて、東京大学、ハーバード大学で学位を受け、母校に奉職。初代園長に就任、北海道大学の発展に寄与した…(記念館碑文より)
園内地図Eの「ライラック並木」、小道の両側の樹木はすべて○○ハシドイ、という樹木名が付けられていました。
<参考~案内板から>
札幌市の市木でもあるライラックは、北星学園の創始者サラ・C・スミス女史が、アメリカから持参したものと言われています。
ライラック並木の左側は「北ローン」と呼ばれる芝生です。大きな古木のこぶが目を惹きました。まるで節が人の目玉のようにも見えます。西洋ブナです。
ローンの端には東屋があって、休憩もできますが、何やらカップルが楽しそうに話し込んでいては、寄りにくい感じでした。
水辺を1周して進むと、エゾリリスがお食事中。クルミをかじっています。よく見ると、腹のお乳の部分がピンク色しています。子育て中なのか、これから生まれるのか…。そおっと離れました。
何の種かわかりませんが、よく見かけます。薄暗い森の中で差し込む光線に当たって種がキラキラ光るさまは、とても美しく感じました。
北方民族植物園、樹木園エリアに入ってきました。大きな葉の透過光も美しいですが、そばの案内板を見てなるほどと感心。アイヌやウィルタ民族が使うセンノキでした。丸太舟、臼や杵に使われるそうです。
黒い実がなっています。解説版には「エゾノウワミズザクラ」とありました。小枝や樹皮を煎じて、お茶の代用にしたり、胃痛、風邪、腸カタル、眼病にも効果があるという。また魔除け・悪疫除けに効果があると言いわれています(本当かな?)。
一見ただの朽ちた雑木にしか見えなかったんですが…プレートを見ると、アイヌ民族の木で「サンショウ」とありました。朽ちかけた木が?それとも緑色の葉が?調味料や香料に用い、煎じれば痔に効くとも書かれている。私も数十年間の、痔主でしたが、トイレを水洗に変えたら、痔主を一気に卒業しました(笑)。
バラ園には数組の見学客が来ておりました。
画像上段は、バラで、下段はユリ。ユリの画像で茎に白い点々が見えるのは、枯れた花を、切り落とした跡のようです。そういえば、園内にはバイクくらいの小型車が、枯れた草木を積んでいたので、ひっきりなしに手入れをしているんですね。
花海棠(はなかいどう)の実、花は桜に似ていますが、実は初めて見ました。花海棠って、北海道ではなじみの薄い樹木ですね。
☆最後は「温室」に入ってみました…
水槽にはスイレンが2本しか咲いておりませんでした。ちょっと物足りない。スイレンは、北海道庁の池に群生しているから、いいか。
食虫植物は数種類咲いておりますが、いずれも、このようなツボをぶら下げて虫が来るのを待ち構えているようです。TVではよく見ますが、本物は初めて見ました。
普段何も考えず、バニラアイスを食べてましたが、バニラって、花だったのか!
バニラの花って、蔓性植物だったとは、これも驚きでした。
最後はわけのわからない画像。ピンクイクラ???いくらは赤いぞ、薄紫のいくらなんぞ見た事もない。よく見ると、「タヌキモ科」、なぬ、狸に騙されたか?あれま、よく見ると、「ピングイクラ」だった。