9月21日(日曜)に「秋のふるさと祭り」を見に、札幌市厚別区野幌にある開拓の村に行ってきました。過去に何度か開拓の村で行われる撮影会や写真コンテストに応募したことがあって、時々開拓の村から会報や撮影会の案内等が送られてきます。その中に「秋のふるさと祭り」のチラシが同封されておりました。そのチラシの中で、神社祭礼と言う、巫女さんが赤と白の衣装で舞を舞っている写真が目を惹きました。イベント紹介を詳しく見ると「開拓の村に移築した旧信濃神社で、神事・巫女舞を行います」とあります。
テレビ等では、神殿で行われる巫女舞を見たことがありますが、屋外で公開されるのを見逃す手はありません。そのほかにも21日には、子供神輿が村内を練り歩いたり、田舎芝居の行事が行われるとのことです。そのほかにも金魚すくい、輪投げ他露店も多数出るとあります。と言うことで写友を誘って、撮影に行ってきました。開拓の村に着くと、村内を取り巻く木々の一部は秋色に染まりつつありました。
ナナカマドの実が真っ赤に染まって、葉も一部黄色から赤に変わりつつあります。
入村ゲートのある旧サッポロ停車場(管理棟)で、通常入村料830円を支払いますが、中学生以下と65歳以上は無料という制度があって、写友ともども入村料なしで入れました。さて、旧信濃神社の神事・巫女舞は11時開始なので、まだ時間があります。移築された歴史的建築物の並ぶ市街地群を通りながら、ゆっくり目的地に進むことにします。明治大正の頃の建物の間を馬車鉄道がやって来ました。
道産子と呼ばれる馬が、夏は客車を、冬は馬そりをひいて村内を回ります。
古い建物の窓ガラスに、入村者の姿が映り込みました。
市街地はずれの子供の広場では、竹馬やブランコ、自転車の車輪回しなどに興じる子供たちでいっぱいです。昔懐かしい遊びとあって、お年寄りたちが子供たちに教えています。途中撮影にのめり込み過ぎて、神事の行われる11時が近づいております。子供の広場での昔遊びは、帰りに撮影することとして先を急ぎます。神社の近くでは、稲わらで草鞋づくりが行われています。昔は田舎ではよく見られた光景です。
手作りの草鞋が売られています。
その横では、わらで作られた雪靴、背負子、笠を身に着けるコーナーがあります。子供が身に着けて、親が記念写真を撮っています。
秋物野菜の即売会の前には長い列が出来ていました。並んでる方に尋ねると、いも・かぼちゃ・トウモロコシの3点セット試食コーナーの列だといいます。最後尾では係員が品切れになるかもしれませんとアナウンスしています。
並んで試食するのは断念して、列の先頭から覗かせていただきました。蒸かした大きなジャガイモとかぼちゃと7-8cmに切られたトウモロコシの3点セットが皿に盛られています。いずれも大きくて一口サイズどころではありません。
<神事・巫女舞の始まり>
先ずは神主が詔をささげます。この若い神主は、立派なあごひげを蓄え、ダルビッシュ投手に似ていました。
横には巫女さんが6人並んでいます。
巫女さんは小学校高学年から中学生くらいでしょうか。緊張した面持ちです
神主の詔が終わると、巫女舞の奉納です。まずは緑色の千早(ちはや)を纏った二人が舞います。
<巫女の装束について…ウィキペディアから>
正式に決められた衣装はなく、各神社ごとに決められたしきたりによるものが多いということです。
☆白衣(はくえ)…襦袢、腰巻の上に着用する小袖、医療用の白衣(はくい)と区別するため、はくえ、あるいはびゃくえ、しらぎぬともいう。
☆緋袴(ひばかま)…緋色あるいは朱色の袴
☆千早(ちはや)…巫女が神事に着く際に着用する羽織、通常は薄手の白絹地に薄い模様が描かれている。
その次は白い千早の二人が舞います。
最後は残った二人が舞います。
動きのある舞をスローシャッターで撮影したのですが、舞そのものがかなりゆっくりで、ほとんどのカットがぶれてしまいました。かろうじて数枚見られるものがありました。その1枚が標題となったカットです。巫女の舞は3組、各5分ほどでしたので15分ほどで終わりました。後方には天狗も控えていたので、さらに何かの神事があるのか期待したのですが、以上で神事・巫女の舞すべてが終わりました。
法被を着た人、傘を背負った人、祭り関係者が境内を降りて、神輿の方に移動していきます。
儀式を終えた巫女さんは、緊張感がほぐれ、笑顔で参道を降りてきました。鳥居の付近には大勢のカメラマンが待ち構えています。
カメラマンの、もう一度鳥居をくぐって来てくださいと言うお願いに、快く応じてくれました。こんなチャンスは滅多にありません。思う存分シャッターを押しまくりました。
さらに露店の前を通って帰る巫女さんに声をかけて、追い打ちのシャッター。嫌な顔をせずに、にこやかに歩く巫女さんが可愛い。
帰り姿を、モノクロでもう一枚。
<田舎芝居と子供相撲の始まりだよ>
年に一度の旅芸人一座の人情芝居です。どうやら(八百屋お七)が始まるようです。舞台前の斜面には早くも大勢の観客が芝生に座っています。その時横を子供神輿が通ってきました。
天狗を先頭に子供たちが神輿を曳いてきました。
舞台そででは、黒子と役者が登場する準備中です。
じっくり見ている時間がないので、早々に子供相撲の方に移動します。
相撲会場近くの露店では、まだ3点セットの試食が提供されているようです。列も朝方とは違ってそれほど並んではおりません。最後尾に並ぶと、すぐに順番が来て、試食セットをいただきました。ジャガイモのなんと大きいこと、約10cmほどあります。かぼちゃも、大きな角切りでした。マサカリかぼちゃとか、甘くてホクホクです。これだけで十分昼食分くらいの量がありました。試食ワンセットで、満腹です。
相撲会場のそばでは、あちこちで試食セットをほおばっています。あれ、どこかで見かけた事のあるような人が…
子供相撲は、もう始まっているようで、時折歓声が上がります。しかしよく見てみると…
幼児に近い子供たちが円の中で押し合いへし合いしているだけ。
本格的に締め込みをした子供相撲とばかり思っていましたが…迫力に欠ける相撲、と言うより押し合いでは…絵になりそうもありません。途中子供広場で昔遊びを撮って開拓の村を出ることにしました。
壊れた自転車の車輪からスポークとタイヤ・チューブを外して、リムだけにして、これを竹の棒でリムを転がして遊びます。昔は今ほど遊ぶ器機がなかった時代。自分で工夫してよく遊びました。アスファルトなぞない時代ですから、なかなか思った通りまっすぐ進まない。見ていて昭和20年代終わりころを思い出しまいた。
こちらでは大人も竹馬に興じています。画面左では、独楽回しを教えてもらっているようです。
私たちが小学生のころは、戦後の物不足の時代でした。遊び道具でさえ自分たちで工夫したものでした。ビー玉遊び、パッチ(メンコ)遊びなどを思い出しながら帰途につきました。